自動車系のSIer(システムの受託開発をする会社)で中間管理職をしています。開発の請負と準委任が中心で、客先の製品開発に入って仕事をする部門です。
目次
第1部 場面 — 本人の声が最後に残った会議
1. 見取り図 — 打ち合わせに参加していない2人
2. 「やりたいことではないらしい」と、話は始まった
3. 穴を埋める人が、先に決まった
4. 「たぶん、察しますよ」
第2部 考察 — なぜ確認を最後に置いたのか
5. ここで、別の一手もできた
6. 型の名前 — 確認を最後に置く会議
7. ただし、先に聞けばよいわけでもない
8. 私が信じていた前提
第3部 打ち手 — 次に同じ場面が来たら
9. 私が決めたのは、3つだけ
10. その後
11. おわりに
第1部 場面 — 本人の声が最後に残った会議
画面に映るチームリーダーの顔を見ながら、私は二人の社員の異動先を続けて並べていた。どちらも、この会議には参加していない。
画面にあったのは、案件の空きとスキルの比較、それから「やりたいことではないらしい」という伝聞だった。本人に聞く前に、配置の形だけが先に進んでいた。
「たぶん、察しますよ」とチームリーダーが言った。察される前に会議を止めるのか、それとも伝え方を整えるのか。私は、その分かれ目の前にいた。
見取り図 — 打ち合わせに参加していない2人
- 私(部門のマネージャー。チームリーダーを通じて社員Aと社員Bに関わる)。守りたいもの=本人たちが、確かめられないまま次の居場所を決められないこと
- チームリーダー(私の直属の部下。社員Aと社員Bの上司で、オンライン会議に参加している)。守りたいもの=部下の状況を正確に伝え、配置の意図を見落とさないこと
- 社員A(チームリーダーの部下。今の案件から抜く方向で話が進んだ)。守りたいもの=今の仕事への意向を、自分の言葉で扱ってもらうこと
- 社員B(チームリーダーの部下。別の移動先を検討された)。守りたいもの=中長期でやりたいと話していた方向を、配置の材料として扱ってもらうこと

私は社員Aと社員Bに直接指示を出す立場ではない。本人と話すときは、チームリーダーを経由する。その一段の距離が、この会議では確認の順番を曖昧にした。
事実の順序だけなら、こうだ。
1. チームリーダーから社員Aについての伝聞が入り、私は今の案件から抜く方向を考えた。
2. そのあと、空いた穴を別の社員で埋める案を出してから、社員Aの行き先を探した。
3. 社員Bの移動先を並べたとき、チームリーダーが「たぶん、察しますよ」と言った。会議の最後に残ったのは、本人と面談して気持ちを確認する項目だった。
ここからは、本人の声がどこで最後尾に回ったのかを、会議の順にたどる。
「やりたいことではないらしい」と、話は始まった
カメラをオンにした私とチームリーダーだけが画面に映り、二人の社員の次の配置を話していた。本人たちは、どちらも会議に参加していない。
伝聞を判断の材料にする前に、私は本人の声をどこで確かめるか決めるべきだった。それでも私は、会議の流れを止めずに話を進めた。
チームリーダーから、社員Aについての話が届いた。
「今の仕事は、本当にやりたいことではないらしい」
続けて、現場の実感も報告された。
「正直、あの人が抜けても、そんなに影響はないです」
期待していた役割が立ち上がっていない、という意味の報告だった。本人が望まない仕事を続けさせない方がよい。その気持ちで、私は社員Aを今の案件から抜く方向へ進めた。
私が答えを出すまで、十秒もかからなかった。本人の言葉は、まだこの場には届いていない。
穴を埋める人が、先に決まった
画面共有の表示を見ながら、話題は社員Aを抜いたあとの配置へ移っていた。誰がいなくなるかより、空いた場所をどう埋めるかが先に口に上った。
私は、本人を不安なまま待たせないために、次の行き先まで用意したいと考えた。だから、本人に確認する前に候補を並べる順を選んだ。
その案件は仕事量が多い。担当がいなくなったままにはできない。私は、手の空きそうな別の社員を充てる案を出した。
議論は、社員Aを抜くことから始まり、空いた穴を埋める案へ移った。社員Aの行き先を探すのは、そのあとだった。
行き先を考えるとき、私は社員Aと別の社員のスキルを口に出して比べた。こちらならできるかもしれない。あちらでは難しいかもしれない。本人が参加していない会議で、能力の比較だけが先に済んでいく。
確認は、いつの間にか最後の項目へ回っていた。
「たぶん、察しますよ」
打ち合わせは、そのまま社員Bの移動先の話に移った。私が画面上で候補を並べると、その組み合わせから意図が見える形になっていた。
その移動先は、社員Bが中長期でやりたいと話していた方向とは違う。私は、本人が不安にならない説明を先に整えようとしていた。
チームリーダーが言った。
「たぶん、察しますよ」
私は聞き返した。
「本当にそう思うか」
チームリーダーは、すぐに答えた。
「察します。そういうところだけは敏感なので」
私は会議を止めなかった。そのまま、誰にどの順で伝えるか、どんな理由づけなら通るかを話し始めた。
本人と話す予定だけが、決まったあとに残った。
第2部 考察 — なぜ確認を最後に置いたのか
ここで、別の一手もできた
この場では、配置を固める前に一度だけ会議を止められた。社員Aについては、伝聞を伝聞のまま置き、本人が今の仕事をどう見ているかを確かめる。社員Bについては、察されると分かった時点で、候補を並べる前に伝える順番を決める。
どちらも、異動先を約束することではない。判断に必要な本人の言葉を、決定の前に置くための一手である。
あなたなら、「察しますよ」と聞いたとき、会議を止めるだろうか。
私は、期待だけを持たせずに説明したいと考えた。そのために確認をあとへ送ったが、結果として、確認が判断に入る余地を自分で狭めた。
型の名前 — 確認を最後に置く会議
この会議で起きていたことに名前を付けるなら、確認を最後に置く会議だ。
案件の空き、仕事量、スキルの比較を先に積み、本人の意向を最後に確かめる。そうすると、確認は判断を変える材料ではなく、決まった配置をどう伝えるかの準備へ変わってしまう。
社員Aについての「らしい」は伝聞だった。社員Bについては、本人が察するかもしれないと分かっていた。それでも私が進めたのは、本人を揺らさない言葉を用意すれば足りる、と考えたからである。
確認を最後に置く会議では、本人の言葉が、決定を支える材料ではなくなる。
ただし、先に聞けばよいわけでもない
行き先が一つもない段階で希望だけを聞けば、期待だけが先に立つ。そのあとに候補がないと伝えるなら、聞かない方がよかったという結果もありうる。
複数の配置を組み合わせる前に全員へ聞けば、決定より先に話が漏れる可能性もある。本人が参加していない場で候補を並べること自体は、実務から消せない。
だから、先に聞くか、最後に聞くかの二択ではない。確認が配置の判断に効く位置を、会議の最初に決める必要がある。
私が信じていた前提
私は、「候補をある程度固めてから聞けば、本人に期待だけを持たせずに済み、納得できる順序で次の配置を伝えられる」と信じていた。
社員Aを抜く判断も、社員Bに察されると聞いたあとで伝え方を考えたことも、その前提の上にある。本人の不安を小さくしたい気持ちはあった。それでも私は、本人の声を決定の前に置くという管理職としての手順を決め切れなかった。
落ち度は、配置を考えたことではない。説明を用意すれば本人を支えられる、と根拠のない安心を先に置いたことだ。
第3部 打ち手 — 次に同じ場面が来たら
私が決めたのは、3つだけ
1. 本人に確認していない情報には、その場で「伝聞」とラベルを付ける。
「やりたいことではないらしい」の「らしい」を、判断の材料と同じ強さで扱わないためだ。
・効く条件:本人の希望や意向を、配置の材料にするとき。
・効かない条件:本人が直接伝えた内容を、確認済みの事実として扱えるとき。
2. 穴を埋める案と、本人の次の行き先を同じ順番で検討する。
空いた場所だけを先に埋めると、本人の行き先は余った候補から探すものになりやすい。
・効く条件:誰かを抜く判断と、穴を埋める判断が同じ会議でつながるとき。
・効かない条件:行き先の候補がなく、確認が約束だけを先に生むとき。
3. 「察しますよ」が出たら、配置の話を止めて伝える順番を先に決める。
察されること自体は止められない。止められるのは、察したあとに本人が不安なまま待つ時間である。
・効く条件:本人が周囲の動きから配置の意図を読み取る可能性があると分かったとき。
・効かない条件:伝える側に必要な情報や権限がなく、その場で説明を決められないとき。
その後
会議の最後に、本人と面談して、やってみたい気持ちがあるかを確認する項目が置かれた。
その面談で何を話し、本人がどう受け止めたかは記録の外にある。この記事で追えるのは、確認の予定が決まったところまでだ。
おわりに
手元にあった「やりたいことではないらしい」という一行は、本人の言葉ではなかった。その一行を、本人に確かめる前から配置の材料にしてはいけない。
確認を最後に置く会議を避けるため、次に人の配置を話すときは、会議の途中で一度だけ声に出す。「この確認は、決定の前にあるか」と。
このシリーズでは、中間管理職として実際にやってしまった判断を、そのときどう間違えたかまで含めて書いています。同じ立場で似た場面に出くわす方に届けば幸いです。
※ 実際の業務経験をもとに書いていますが、当事者が特定されないよう内容を変更し、脚色しています。
公開前チェック
- [ ] 固有名詞の残存(本文・frontmatterを含む)
- [ ] 時期の特定性
- [ ] 一人称による逆算リスク
- [ ] 公開までの時間を置いたか
- [ ] 就業規則・SNS発信ルールとの整合